忙しい人向けの3行まとめ
・世界トップのマラソン選手は週160〜220km、トラック長距離選手は週130〜190km走っている。
・ただし8割以上は「楽な強度(LIT)」で、きつい練習はごく一部に絞られている。
・「低強度高ボリューム+少量の中〜高強度+期分け(ピーキング)」が、トップランナー共通のフレームワークになっている。
どんな研究?
サブ3〜サブ3.5を狙う市民ランナーにとって、「世界トップのトレーニング構造」を知ることは、自分の練習設計を考えるうえでのいい“上限モデル”になります。
紹介するのは、Haugenらによる2022年のレビュー論文です。テーマは、「世界トップレベルの5000m・10000m・マラソン選手は、実際どんなトレーニングをしているのか?」です。
- 科学論文(レビュー・実験・ケーススタディ)
- オリンピックメダリストや世界記録保持者級の実際のトレーニング記録
を統合して、「結果を出しているトレーニングの共通項」を整理し、「エリートはとにかく量」という雑なイメージを、数字で具体的に示してくれています。
エリートランナーのトレーニング量
論文によると、世界トップレベルのトレーニング量は次の通りです。
- マラソン:年間 500〜700 時間
- トラック長距離:年間 450〜600 時間
また、準備期の「よく走る時期」の典型的な週はこうなります。
- マラソン:週160〜220km
- トラック:週130〜190km
- 練習頻度:どちらも週11〜14セッション
これを支えているのが「1日2回走(ダブル)」です。1回あたりの距離を抑えつつ、故障せずに量を積むためです。

強度分布:8割は「楽な強度」で練習
論文で一番強く出てくる共通項が強度分布のパターンで、次の3つにまとめています。
- LIT:低強度(楽に会話できるレベル)
- MIT:中強度(閾値付近、テンポ走)
- HIT:高強度(VO₂maxインターバルなど)
どの種目・どの選手を見ても共通しているのが、年間を通して、走行距離の80%以上がLITという事実です。世界トップでも「ほとんどは楽なペースで走っている」というのは、市民ランナーからすると逆に安心材料かもしれません。
残りの2割の使い方は、時期や種目で変わります。
- ピラミッド型:LIT多め → MIT少し → HITごく少し
- ポラライズド型:LIT多め → MITかなり少ない → HITそこそこ
- スレッショルド型:MIT(閾値)が比較的多い
ただしどのモデルでも、「LITがボリュームの土台」という構造は崩れません。
期分け:1年をどう組み立てているか
トラック長距離
トラック長距離選手は、1年を大きく次のように回しています。
- 移行期:シーズン後の休養(1〜4週間)
- 一般準備期:LIT中心でボリュームを増やし、有酸素の土台づくり
- 特異的準備期:レースペースや閾値走を増やしていく
- 競技期:レースに合わせてボリュームをやや落としつつ、質と特異性を維持
多くの選手は年2回ピークを作り、
冬〜春のクロカンやインドア、夏のトラックシーズンという二山構成にしています。
マラソン
マラソンでは、さらにシンプルです。
- 本命マラソン:年2本前後(春と秋)
- その前後にハーフや10kmレースを数本
1本のマラソンに対して、約5〜6か月の準備期間を取り、
- 前半:LITボリューム中心の一般準備
- 後半:マラソンペース+ロング走を増やす特異的準備
という2段構成にしています。
ここでも、「量→特異性→ピーク」という流れがはっきりしています。

筋トレ・高地トレ・テーパリング
筋トレ
世界トップのランナーも、走るだけではなく筋トレやプライオメトリクス(ジャンプ系)を取り入れています。典型的なのは、準備期に週2回前後の筋トレを行い、競技期は週0〜1回の維持メニューにするパターンです。
- ランニングエコノミーの改善
- 「脚の強さ」やスピードの維持
などにプラスの影響があると報告されています。
高地トレーニング
高地トレーニングについては、
- ケニア・エチオピア勢のように標高2000〜2500mで生活+トレーニング
- その他の選手は、準備期に2〜4週間の合宿を数回
というスタイルが多いと整理されています。
テーパリング
テーパリング(レース前の調整)は、
- 重要レースの7〜10日前からテーパー開始
- ボリュームを落として強度はある程度維持
持久系スポーツ全体の先行研究では、うまく計画されたテーパリングによって1〜3%のパフォーマンス向上が見込めると報告されています(Haugenらが本文中で引用している先行研究)。
。

市民ランナーへの実用的なヒント
数字だけ見ると「いや無理でしょ」となりますが、真似すべきは量ではなく以下の考え方です。
- まずは自分の許容範囲の中で、 「LIT 80%」を意識して週の構成を作る
- いきなりインターバルを増やすのではなく、 Eペース主体でボリュームを安定させてから質を足す
- 年間をざっくり「準備期/特異的準備期/レース期/移行期」に分ける
例1:マラソン準備期中盤の1週間イメージ(サブ3狙い)
エリートの練習ボリュームはそのままだと桁違いなので、ここでは「考え方だけを借りて」、サブ3〜サブ3.5向けサイズに落とし込んだ1週間のイメージを示します。
- 月:E 12〜15km
- 火:E 10km + 流し 100m×5
- 水:LT走 6〜8km
- 木:E 10km or 休養
- 金:E 12〜15km
- 土:ロング走 28〜32km(前半E、後半Mペース寄り)
- 日:E 12〜14km
週合計は80〜100kmくらい。
LITが全体の8割以上を占め、LT走とロングの中のMペース区間が「残り2割の質」という位置づけになります。
FAQ
Q1. 週160kmなんて絶対無理。それでも参考になりますか?
問題ありません。
重要なのは、「自分の最大許容量の中でLITを土台にして量を積み、そこに少量の質と期分けを乗せる」という考え方です。比率と構造だけ盗めばOKです。
Q2. インターバルはどのくらいの頻度?
世界トップでも、中〜高強度セッションは週1〜3本です。ほとんどの時間はEランとロングで占められ、「毎回ゼーハー」はやっていません。
Q3. 市民ランナーも期分けした方がいい?
狙うレースがあるならやるべきと思います。フルマラソンを年1〜2本走るなら、1本につき5〜6か月のミニサイクルで考えると、この論文の世界観にかなり近づきます。

まとめ
この論文は、「世界トップはどれだけ・どうやって走っているのか?」という疑問に対して、かなり具体的な骨格を示してくれます。
AkiRunでは、ここで紹介したフレームワークをベースに、実際にサブ4〜サブ3・50代サブエガを目指す市民ランナー向けに、もう少し現実的な週メニューや年間計画に落とし込んだ記事も展開していく予定です。
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参考文献
Haugen, T. A., Sandbakk, Ø., Seiler, S., & Tønnessen, E. (2022).
The training characteristics of world-class distance runners: An integration of scientific literature and results-proven practice. Sports Medicine – Open, 8, 46.
https://sportsmedicine-open.springeropen.com/articles/10.1186/s40798-022-00438-7


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