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あきら
50代サブエガランナー(PB 2:46:27)
2025年に早期退職し、現在はランニング関連の活動をライフワークにしています。

加齢による伸び悩みから「根性論」を脱却。ゼッケン・ウェアの空気抵抗の低減、ドラフティングを活用した走り方、カフェイン戦略など、微細な改善の積み重ね「マージナル・ゲイン」による進化を信条としています。

当ブログでは、エビデンスに基づく最新のランニング科学を、市民ランナーの視点で噛み砕いて発信。「賢く、科学的に速くなりたい」あなたの挑戦を、理論と実践の両面からサポートします。

怪我3回、ブランク8年。それでも走っている理由

こんにちは、あきらです。

AkiRunでは科学的なアプローチのランニング情報を発信していますが、この記事では少し個人的な話をします。「なぜ走っているのか」「どういう経緯で今に至ったのか」という、いわば自己紹介の延長です。

私のランニング歴は、のべ約10年。ただし途中に8年のブランクがあり、3回の大きな怪我を挟んでいます。順調とはほど遠い道のりでした。

目次

メタボ中年、走り始める

中学は柔道部、高校はラグビー部。体を動かすのは好きでしたが、大学以降の約20年間はほとんど運動しない生活でした。気づけば典型的なメタボ中年です。

きっかけは2007年、筑波サーキットでのオートバイ転倒。右肩の肩鎖関節を脱臼し、リハビリとして走り始めました。最初は「体を動かせればいい」程度でしたが、走ると意外に面白い。翌2008年、湘南国際マラソンで初フルマラソンに挑戦し、3時間5分40秒で完走。サブ3に手が届きそうだと思ったのが、のめり込むきっかけでした。

頸髄損傷からの復帰

初マラソンの1ヶ月後、自転車事故で頸髄損傷。体が思うように動かなくなり、正直、また走れるとは思えませんでした。

リハビリは長く、地味な日々の繰り返しです。それでも少しずつ体が動くようになり、約1年後の2009年11月、つくばマラソンで復帰。記録は3時間0分18秒。後遺症は残りましたが、事故前のタイムを上回ることができました。

自転車競技への転向と、3度目の怪我

その後は自転車競技にのめり込み、約8年間をロードバイク中心で過ごしました(2011年の勝田全国マラソンで2時間55分05秒を出した後、ランニングからは離れています)。

自転車レースでは空気抵抗がタイムを大きく左右します。ポジションやウェア、ヘルメットの空力差をデータで検証し、機材と戦略を少しずつ改善していく。この「小さな差を積み上げる」感覚は、後にランニングに戻ったとき大きく活きることになります。

2017年、練習中の落車で骨盤を含む複数箇所を骨折。自転車競技は引退し、2019年にランニングへ本格復帰しました。

根性論をやめて、マージナル・ゲインへ

復帰して実感したのは、40代後半の体では「走り込めば速くなる」が通用しないということです。

そこで自転車時代の経験を活かし、マージナル・ゲインのアプローチに切り替えました。ゼッケンやウェアの空気抵抗を減らす、ドラフティングの位置取りを工夫する、カフェインの摂取タイミングを論文ベースで調整する。ひとつひとつは小さな差ですが、42.195kmでは積み重なって効いてきます。

この考え方に変えてから、50代で自己ベストを2時間46分27秒まで更新できました。

走り続けている理由

3回の怪我と8年のブランクを経て、ランニングは私にとって「やめてもおかしくなかったのに、なぜか続いているもの」になっています。

強いて理由を挙げるなら、「まだ速くなれる余地がある」と感じられるからだと思います。根性や才能ではなく、科学的に考えて工夫すれば、57歳でも改善の余地はある。それを試し続けるのが、単純に楽しい。

このブログは、そういう試行錯誤の記録です。同じように年齢や怪我と付き合いながら走っている方に、何か参考になるものがあれば嬉しいです。

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