マラソン選手の練習量は週何km?エリートの週間走行距離と強度配分を論文で解説

「世界トップのランナーはいったい週に何キロ走っているのか?」──マラソンに本気で取り組んでいるランナーなら、一度は気になったことがあるはずです。
答えは週160〜220km。しかし本当に驚くべきは距離ではなく、「その8割以上が楽なペースのジョグ」だということです。
この記事では、世界トップの5000m〜マラソン選手59名+コーチ16名のデータを網羅したHaugen(2022)のレビュー論文をもとに、エリートの練習量・強度配分・年間の期分けを徹底解説します。さらに、サブ4〜サブ3の市民ランナー向けに「真似すべき構造」を週間メニュー例に落とし込みました。
忙しい人向けの3行まとめ
- 世界トップのマラソン選手は週160〜220km走っている
- ただし8割以上は「楽な強度(LIT)」
- 「低強度高ボリューム + 少量の中〜高強度 + 期分け」が、トップランナー共通のフレームワーク
この記事で紹介する論文(Haugen 2022)
紹介するのは、ノルウェーの研究グループ(Haugen, Sandbakk, Seiler, Tønnessen)が2022年に発表したレビュー論文です。
テーマは「世界トップレベルの5000m・10000m・マラソン選手は、実際どんなトレーニングをしているのか?」。科学論文(レビュー・実験・ケーススタディ)とオリンピックメダリスト級の実際のトレーニング記録を統合し、「結果を出しているトレーニングの共通項」を整理したものです。
特にキプチョゲをケーススタディとして取り上げており、「エリートはとにかく量」という漠然としたイメージを、具体的な数字と構造で示してくれています。
他の論文レビュー記事は論文紹介シリーズまとめページからどうぞ。
マラソン選手の練習量|週間走行距離はどのくらい?

マラソン選手の週間走行距離
論文によると、世界トップレベルのマラソン選手は年間500〜700時間をトレーニングに費やしています。準備期の「よく走る時期」の数字はこちらです。
- マラソン:週160〜220km
- 年間トレーニング時間:500〜700時間
- 練習頻度:週11〜14セッション
1日2回走(ダブル)で量を支える仕組み
この圧倒的な練習量を支えているのが「1日2回走(ダブル)」です。1回あたりの距離を抑えつつ、故障リスクを下げながらボリュームを積むスタイルです。
たとえばキプチョゲの場合、朝に20〜25km走った後、夕方に10〜12km走るのが標準的なパターン。週6日走って日曜は完全休養、というシンプルなリズムを繰り返しています。
【比較表】エリート vs 市民ランナーの練習量
「週160kmなんて別世界の話」と感じるかもしれません。そこで、レベルごとの練習量を並べて「自分との距離感」を把握できるようにしました。
| 指標 | エリート | サブ3 | サブ3.5 | サブ4 |
|---|---|---|---|---|
| 週間走行距離 | 160〜220km | 70〜100km | 50〜80km | 35〜60km |
| 週間練習回数 | 11〜14回 | 5〜7回 | 4〜6回 | 3〜5回 |
| LIT割合(目安) | 80%以上 | 75〜80% | 70〜80% | 70〜80% |
| 中〜高強度練 | 週2〜4本 | 週2〜3本 | 週1〜2本 | 週1本 |
エリートとサブ4では距離に3〜5倍の差がありますが、注目すべきはLITの割合がどのレベルでも70〜80%前後であること。量は違えど「構造」は同じなのです。
市民ランナーの最適練習量については、サブ4・サブ3.5・サブ3達成のための練習量の目安(論文ベース)でさらに詳しく解説しています。
強度分布:なぜ「8割は低強度」なのか

LIT・MIT・HITの定義
この論文では、トレーニング強度を3つのゾーンに分類しています。
| 略称 | 強度 | 体感の目安 | 心拍の目安 |
|---|---|---|---|
| LIT | 低強度 | 会話しながら走れる | 最大心拍の〜80% |
| MIT | 中強度 | 閾値付近、テンポ走 | 最大心拍の80〜88% |
| HIT | 高強度 | VO₂maxインターバル等 | 最大心拍の88%以上 |
どの種目・どの選手を見ても共通しているのが、走行距離の80%以上がLITという事実です。世界トップでも「ほとんどは楽なペースで走っている」──これは市民ランナーにとって、むしろ安心材料ではないでしょうか。
心拍ベースで強度管理をしている方は、光学心拍計の精度限界についての記事もあわせてご確認ください。
低強度80%が効く生理学的メカニズム
「楽に走るだけでなぜ速くなるのか?」と疑問に思う方は多いと思います。低強度ランニングが効く理由は、主に3つのメカニズムで説明できます。
① ミトコンドリア密度の増加:低強度の長時間走は、筋繊維内のミトコンドリア(エネルギー工場)を増やします。ミトコンドリアが増えれば、同じペースでもより効率的にエネルギーを生み出せるようになります。
② 毛細血管の発達:継続的な低強度運動は、筋肉内の毛細血管ネットワークを広げます。酸素の「配送網」が太くなり、筋肉へのO₂供給能力が底上げされます。
③ 脂質代謝能力の向上:LITゾーンでは脂肪をエネルギー源として使う能力が鍛えられ、レース後半のグリコーゲン温存につながります。マラソンの「30kmの壁」対策にも直結する適応です。
つまり、低強度ランは「サボっている時間」ではなく、有酸素エンジンの土台を太くしている時間です。
3つの強度配分モデルを比較(ピラミッド・ポラライズド・スレッショルド)
論文では、エリートの強度配分を3つのモデルに整理しています。
| モデル | LIT | MIT | HIT | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| ピラミッド型 | 75〜80% | 10〜15% | 5〜10% | LIT → MIT → HITの順に漸減。多くのエリートが実践する最も一般的なモデル |
| ポラライズド型 | 75〜80% | 〜5% | 15〜20% | LITとHITに二極化し、MITを最小化。Seiler博士(ノルウェー)が提唱 |
| スレッショルド型 | 60〜70% | 25〜30% | 5〜10% | 閾値付近(MIT)の割合が多い。インゲブリクトセン兄弟のダブルスレッショルドが代表例 |
ピラミッド型は「LIT>MIT>HIT」とピラミッドのように上にいくほど少なくなるモデルで、実際にはキプチョゲを含む多くのエリートマラソン選手のデータがこのパターンに近いことがわかっています。ポラライズド型はMITをほぼ省いてLITとHITの両端に振り切るアプローチで、クロスカントリースキーやボートなど持久系競技で有効性が示されています。スレッショルド型は閾値走の頻度が高く、LT値の引き上げに特化したモデルです。
3つすべてに共通するのは、LITがボリュームの土台を占めるということ。MITとHITのバランスが変わるだけで、「まず低強度で量を積む」という大原則は崩れません。
閾値トレーニングの具体的な方法については、乳酸閾値(LT値)を高める閾値インターバルの科学とレベル別メニューの記事で詳しく解説しています。
キプチョゲに学ぶ:世界記録保持者のトレーニング構造

Haugen(2022)論文ではキプチョゲをケーススタディとして取り上げています。ここでは、公開されている情報をもとにそのトレーニング構造を見てみましょう。
キプチョゲのトレーニング概要
- 週間走行距離:200〜220km
- 強度配分:LIT 82〜84% / MIT 9〜10% / HIT 7〜8%
- 高強度セッション:週2回(火曜のトラック練習、土曜のファルトレク)
- ロング走:2週間に1回、30〜40km
- 練習拠点:ケニア・カプタガット(標高約2,400m)
注目すべきは、マラソン歴代最高峰のランナー(自己ベスト2:01:09)でさえ、トレーニング時間の8割以上はコントロールされた楽なペースで走っているという事実です。残りの2割──火曜のトラック練習と土曜のファルトレク──に集中して質の高い刺激を入れ、それ以外の日は回復と有酸素の土台づくりに充てています。
あきら私自身、キプチョゲの強度配分を知って「8割ジョグでいいのか」と驚きました。それまでは「追い込まないと速くならない」と思い込んでいたので、考え方が180度変わった瞬間でした。
もう一つ重要なのは、キプチョゲは連日ハードな練習を組まないということ。高強度の翌日は必ず低強度ランを入れ、身体を回復させてから次の質の高い練習に臨みます。この「ハード → イージー → イージー → ハード」のリズムが、故障を防ぎながら長期的にパフォーマンスを伸ばし続ける秘訣です。
期分け(ピリオダイゼーション):1年をどう組み立てるか
- 本命マラソン:年2本前後(春と秋)
- その前後にハーフや10kmレースを数本
1本のマラソンに対して約5〜6か月の準備期間を取り、前半はLITボリューム中心の一般準備、後半はマラソンペース+ロング走を増やす特異的準備、という2段構成にしています。
ここでも、「量 → 特異性 → ピーク」という流れが一貫しています。
市民ランナーの練習量目安|フルマラソン完走〜サブ3の週間メニュー

数字だけ見ると「いや無理でしょ」となりますが、真似すべきは量ではなく構造です。
エリートから「盗むべき3つの原則」
原則①:LIT 80%を意識して週の構成を作る まずは自分の許容量の中で、走行距離の80%を楽なペース(Eペース)にすることを意識します。
原則②:Eペース主体でボリュームを安定させてから質を足す いきなりインターバルを増やすのではなく、Eペースで週間走行距離を安定的に積めるようになってからポイント練習を追加します。
原則③:年間をざっくり期分けする 「準備期 → 特異的準備期 → レース期 → 移行期」のサイクルを意識するだけで、練習の質が大きく変わります。
まずはVDOT計算機であなたの現在の走力を確認しましょう。
【週間メニュー例】サブ4狙い(月間150〜180km)
サブ4段階ではまずLITボリュームの安定が最優先。ポイント練習は月2〜3回のペース走程度で十分です。
| 曜日 | メニュー | 強度 |
|---|---|---|
| 月 | E 8〜10km | LIT |
| 火 | REST or ウォーク | 回復 |
| 水 | E 8〜10km+流し100m×3 | LIT |
| 木 | REST or E 5km | 回復/LIT |
| 金 | E 8〜10km | LIT |
| 土 | ロング走 20〜25km(Eペース) | LIT |
| 日 | E 8〜10km | LIT |
週合計:約40〜50km | LIT約90% / MIT約10%
【週間メニュー例】サブ3.5狙い(月間200〜250km)
| 曜日 | メニュー | 強度 |
|---|---|---|
| 月 | E 10〜12km | LIT |
| 火 | E 8km+流し100m×5 | LIT |
| 水 | LT走 20分〜30分(Tペース) | MIT |
| 木 | E 10km or REST | LIT/回復 |
| 金 | E 10〜12km | LIT |
| 土 | ロング走 25〜30km(前半E / 後半Mペース寄り) | LIT+MIT |
| 日 | E 10〜12km | LIT |
週合計:約55〜70km | LIT約80% / MIT約15% / HIT約5%
【週間メニュー例】サブ3狙い(月間250〜300km)
| 曜日 | メニュー | 強度 |
|---|---|---|
| 月 | E 12〜15km | LIT |
| 火 | E 10km+流し100m×5 | LIT |
| 水 | LT走 6〜8km(Tペース)or 閾値インターバル | MIT |
| 木 | E 10km or REST | LIT/回復 |
| 金 | E 12〜15km | LIT |
| 土 | ロング走 28〜32km(前半E / 後半Mペース) | LIT+MIT |
| 日 | E 12〜14km | LIT |
週合計:約80〜100km | LIT約80% / MIT約15% / HIT約5%
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よくある失敗パターン:中強度に偏りすぎ問題
こんな練習になっていませんか?
① 「ジョグ」のペースが毎回いつの間にか上がり、キロ5分前後の”なんとなく速めのラン”が常態化している
② インターバルをたくさんやってるのに結果が出ない
③ ポイント練習の日に疲労が残っていて、設定ペースを維持できない
これらはすべて、LITが不足してMIT(中強度)に偏っている典型的な症状です。エリートの構造が教えてくれるのは、「楽な日は徹底して楽に。その代わり、ポイント練習では確実に質を出す」というメリハリの重要性です。
【著者体験】年齢を重ねたランナーこそLIT80%
あきらここからは私自身の話をさせてください。
私は50代でフルマラソンのサブエガ(PB 2:46:27)を達成しましたが、正直に言うと2,3年前まで「追い込んでナンボ」の練習をしていました。毎回のジョグがキロ4:40〜4:50、ポイント練習も週3回。結果は慢性的な疲労と、怪我の頻発、年に1回は疲労骨折をするという悪循環でした。
そこで思い切ってジョグのペースをキロ6分程度まで落とし、その代わり走行距離を月300km → 400〜500kmに伸ばしました。しばらく続けると明らかな変化が現れました。
- ポイント練習の質が上がった:疲労が抜けた状態で臨めるので、設定ペースを余裕を持ってこなせるようになった
- 故障が激減した:年1回の故障がゼロに。練習の継続性が劇的に向上
- レース後半の粘りが増した:30km以降の脚が売り切れる感覚が減って粘れるようになった
エリートの真似をすべきはポイント練習の内容ではなく、「8割ジョグ+2割ポイント」という構造と、ハードの翌日はイージーに徹するリズムかと思います。年齢を重ねた市民ランナーにこそ、この考え方は効くと実感しています。
まとめ
Haugen(2022)論文が示す「世界トップランナーのトレーニング共通項」は、以下のとおりです。
この記事のポイント
① エリートマラソン選手の走行距離は週160〜220km
② 走行距離の80%以上は低強度(LIT)
③ 強度配分モデルのどれでも「LITが土台」は共通
④ 年間を「量→特異性→ピーク→休養」のサイクルで回す期分けが基本
⑤ 真似すべきは距離ではなく構造。LIT 80%+少量のポイント練習+期分けの3つ
レース当日のパフォーマンスをさらに引き上げたい方は、カフェイン戦略やドラフティング効果の記事もあわせてどうぞ。
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参考文献
Haugen, T. A., Sandbakk, Ø., Seiler, S., & Tønnessen, E. (2022). The training characteristics of world-class distance runners: An integration of scientific literature and results-proven practice. Sports Medicine – Open, 8, 46. https://sportsmedicine-open.springeropen.com/articles/10.1186/s40798-022-00438-7











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